軒の件

 「◯◯軒」という名前が中華料理を連想させるのは、1910年に創業した浅草の大衆料理店「来来軒」に端を発しているらしい。東京ラーメンの草分け的存在であった来来軒にあやかって、「◯◯軒」と称する中華屋が増えたのだという。

 しかしもともとは、◯◯軒は洋食屋に使われる名称だったそうだ。思えばたしかに洋食屋でもしっくりくる。東京・有楽町は交通会館地下1階にある「キッチン大正軒」は行列のできる洋食の名店であるし、日本橋の「たいめいけん」も漢字で表せば「軒」と書くに違いない。しかしどうして料理店に「軒」とつけるようになったのだろう。

 調べてもわからなかったので想像してみるに、「軒」という言葉が匂わせる庶民的な趣が関係しているのではないかと思う。わたしたちはマンションやビルを一軒、二軒……とは数えない。それらは一棟、二棟……と数えられる。ひとつの建物の中に複数の組織が入る場合は、「軒」とは数えないのである。一方、「軒」と数えられるのは、ひとつの建物の中にひとつの組織のみを有する場合だ。組織と建物が一対一対応になるとき、わたしたちは「軒」という言葉を使うのである。デパートを一軒とは数えないが、街のスーパーや八百屋、魚屋は一軒、二軒と数えるということだ。そしてデパートと魚屋のどちらに市井の人々の暮らしが息づいているかといえば、やはり後者であろう。

 とするならば、大衆料理店であった「来来軒」が「軒」と称したのも頷ける。要するに、これはイメージ戦略なのではないか。当時のお客さんはその名前から、市井の人々が集える場所であることを感じとったのではないだろうか。名は体をあらわすとはよく言ったものである。

 さて、そういうわけで、わたしもこのブログにぽちぽち軒という名前をつけた。スマホやパソコンをぽちぽちと叩き、日常のなんでもないあれやこれやを書いていくつもりである。これまでに別のブログに書いていた文章は、そのうちここに移行する予定。でも面倒になって移行しないかも。それはそれでよしとしたい。