ぽちぽち軒

コロッケ蕎麦は乗せる派です

2024-05-01

 最近はそれなりに仕事が忙しい。先月は就職して3年目で初めて残業が40時間を超えた。これだけやっても40時間なのか、と思う。世にいる100時間を超えるひとびとは、平日は日付が変わるまで、土日は休みを返上して働いているんだろうな。別にたくさん働きたいわけではないのでこれくらいで勘弁してほしい。

 今日は21時を過ぎ、会社で残っているのが自分だけになってしまったので、音楽を聴きながら仕事をすることにした。ワイヤレスイヤホンを取り出して耳に差し、レイハラカミの[lust]を再生する。ポーーーン。普段は窓口にお客さんが次々と来るし電話もひっきりなしに鳴るので、音楽を聴くなんてもってのほか。慣れない状況にちょっと悪いことをしている気分になる。悪いことなんてひとつもしてないんですけどね。こういうときに悪いことをしている気分になるのは、本当はやっちゃいけない(とされている)ことを隠れてやっているという意識が働くからだろう。

 音楽を聴くことで仕事が捗るわけでも停滞するわけでもなく、淡々と事務仕事をこなしていく。書類を分類し、コピーをとり、メモを残して、ファイリングする。日々の業務はだいたいこんなところ。日中は窓口や電話に出たりほかの職員からの問い合わせに対応したりで、軽微な仕事は全部後回しになってしまう。

 そろそろOwari No Kisetsuにさしかかるころ、いったん手を止めてトイレに立つ。自分しかいない雑居ビルの自分しかいないトイレ。大きすぎる鏡がちょっと気味悪い。幽霊などの怪奇現象の類は今や信じていないのだけれど、小学生のころに児童館で読みあさったホラー漫画のせいか、いまだに少し怖い。80年代の少女漫画誌に連載しているふうのやつで、もう何年もタイトルを思い出せないでいる。いつか思い出したとき、わたしは鏡の中のわたしと入れ替わり、閉じ込められてしまうだろう。そうして鏡の中にいたわたしはわたしとして、何食わぬ顔で仕事をし、電車に乗って家に帰り、ごはんを食べて眠る。休日には映画を観に行き、1年に2回くらいは旅行をする。同居人も同僚も友だちも、わたしが入れ替わったことにはまったく気づかない。交友関係はあいかわらず狭いが、入れ替わったわたしは楽しそうに生きている。わたしは鏡の中でこう思う。「客観的にみても、わたしの人生ってなかなかいいものなんじゃない?」そこで時空がぐわんと歪む。わたしは残業中のトイレに連れ戻される。鏡の中のわたしはわたしに「元気でやれよ」ウインクをする。わたしたちはそれぞれの世界に帰る。それぞれがそれぞれに異なる現実を生きている。その生を肯定することができるならば、それで十分であるように思われる。